これは、達磨外しの角帽が、ふとした霊験や直感から瑠璃光如来に帰依して、お百度参りをしていた時分、悲鳴電車の些細なトラブルから親しくなった、元株屋稼業人のあははの三太郎から聞いた、平成時代のお話である。
下卑蔵は、近所の金物問屋の裏手にある、プレハブの倉庫を改修した教室で、文学を習っていた。もう三年になるだろうか。醤油樽フラワー・ゲート商科大学を出てから上京して兜町の株屋に勤め、それこそ濡れ手に粟の時代もあったが、株券の”デジ変換“が決まってこの方、立ち合いの妙や、
強引な営業はできなくなってきており、焦った下卑蔵の前時代的なやり方で大事故をおこし、解雇された。それから後、貯金と失業保険と配当で食っていた下卑蔵は、やにわに文学者として身を立てようと思い、流れ流れて、馬淵宗徳という株屋時代に知り合った、地面師の社長の甥から、文学を習うことにしたのだった。
社長とは、株券を通じて長い付き合いであり、今住んでいるアパートも社長から紹介されたところだ。最初の半年は、社長の飼っている狒々と一緒に暮らすことが条件だった。真夜中に目が覚めたとき、狒々の濃厚な気配を感じて、自分もここまできたか、と思ったものだ。今狒々は、動物園で暮らしている。
社長の甥、馬淵金吾は、社長の妾腹であったが社長に可愛がられ、金にうるさい男だった、かつて文芸誌に連載を持ち、今では文壇ゴロとなって、手習いの文学志望者を半分くらいは騙している、しかし下卑蔵の目も曇っていたし、藁をも掴むその精神が金吾への傾倒に拍車をかけた。週一回通えばよいところを週に三、四回は通い、文学の何たるか、を一から十まで修得してやろう、そんな風に思っていた。週刊誌で読んだ話、池波正太郎が株屋から身を起こして戯曲を書き、文学者として大成した…その姿を、自分に投影させているのである。その愚直な一途さは、金吾の詐欺師的性質に一種の変化と、温情をもたらしつつあった。
「金吾先生、俺の文学を読んでくれないか…」
下卑蔵は、三年をかけて、ようやく文学を完成させ、それを金吾に読んでもらうことにした。行李いっぱいに文学を書いたもののうち、これなら芽が出るであろうという題材を仕上げた。いっときは、狂言回しで生きていこうとまで思い詰め、そういう連中のお尻を追って、小銭稼ぎ少々、してみたりもした。狂言回しは三日やったらやめられぬ、というが、確かに自分の性に合わぬでもなし、文学なんて捨てっちまおうとも思った。だが、
(物書きの眼で、狂言回しを見てしまうのが嫌だ…)
やはり俺は文学者だ、と、結局は狂言回しは一か月でやめてしまった。俺はやっぱりこれだ。審判のときが来たのだ。数日後、金吾は下卑蔵を教室に読んで、差し向かいで座り、
「うむ。きみの文学を、読んだ。まず、文学の骨格というものについてだね…」
「はい、骨格」
「文学の骨格、即ち、文体には無脊椎文体と脊椎文体とがある。何れもどちらが劣るというわけではない。きみの文体は典型的な脊椎文体だ、つまり脊椎動物、重厚長大な、関節を意識したスケールを目指しているわけだ。それはきみも気付いているだろう、よくやっている、とても、骨組みのしっかりした文学だ、きみは僕が教えた文学理論やレトリックを、如何にも消化して、己がものとしている、それにはとても感心した。ただ…一つ気になる点がないわけでもないんだ。それは、きみが先々月からの月謝を滞らせているということだ、月謝さえ、満額で払ってくれたら、僕はきみのことを文壇に紹介しないでもない」
下卑蔵は落胆した。月謝など、もう、払えようはずがない。生活はギリギリまでに詰めて、失業保険も伸ばしに伸ばしたが、とうに切れてしまい、貯金通帳の残高も青息吐息だ。あるのは虎の子の自己色情商会の株券百株で、その配当が今月末に入る、自己色情商会の株券さえ、売り払ってしまえば、月謝は払えるかも知れぬ。株券の”デジ変換“は今年いっぱいなので、配当を待たずに、株屋に駆け込めば、”デジ変換“の諸々の手続きを回避して換金できる、何とかなる。下卑蔵は、木の電柱だらけの横丁の、特飲街のオーナーを顧客に抱えている裏町の小さな株屋だ、そこでもって、隠居株の押し付けだのと皮肉を言われつつも株券百株を投げ売りし、月謝を払った。そして金吾先生に、文壇に紹介してもらうのだ。
翌月、金吾と下卑蔵は、とある文壇バーに来ていた。そこで、純文学の大家である、細川妙斎先生を紹介してもらう段取りがついていた。細川先生さえ、紹介してもらえれば、何某かの文芸誌に、下卑蔵の文学を掲載させてもらうことができよう。細川先生は物腰の柔らかい人で、金吾を見るなり微笑んで、
「金吾くん、きみの弟子、下卑蔵くんと言ったかね。文学を読ませてもらったよ。いや、下卑蔵くんはまるで、明治の文豪、来島鉄岩の再来とも言うべき、大きな才能だね、プレイバック平成の来島、今来島、正に巨星現るだ。聞けば、醤油樽フラワー・ゲート商科大学出身だそうだね。あそこの学長には、随分世話になったんだ。…うん、『月刊・文芸ロマネスク』の巻頭とさせてもらうことにしたよ。まあ、飲もうじゃないか」
と、一気呵成に話が進み、下卑蔵はデビューを約束された。細川先生と、金吾先生、そして下卑蔵もいずれ先生とも呼ばれるだろう、三者は文壇バーで大いに飲んだ。小一時間して、だいぶ酩酊してきたが、細川先生が当然、私がここの会計を持つよ、若い諸君はもっと飲みたまえ、といって勧めてくる。下卑蔵もしたたかに飲んだ。ホステスの胸元の汗が光る。ホステスの白い肌、開放的な性格、額の汗で化粧が少し落ちている。
(…口説けば落ちるかも知れないな)
寡黙なバーテンダーが煙草を買いに行っている間、下卑蔵はお手洗いに立ち、便所の引き戸を開けた。長い滑り台があった。ほの明るい光に向かって、遥か彼方まで下りの滑り台が続いている。何かの冗談か、仕掛けだと思った。ごく自然な現実の続きのように思えて、下卑蔵は気を抜いたまま、引き戸を開けた後の条件反射として前進してしまい、そこへ真っ逆さまに滑り落ちてしまった。しまった、とは思ったが、丁寧に整備された滑り台であり、爽快さと安心感があった。抗うことが苦しくなるほどに、気持ちよく滑った。そのうち、もう戻れないほどに傾斜がきつくなっていく。ただ滑り落ちる。
人生の最終幻想か。違う…。これは幻想や幻覚ではなく、どうやら滑落しているのは事実のようだ。下卑蔵は、せめて精神は保とうと思った、ならば、現実逃避の思考を巡らせようと思った。そして考えたのが、学生時代のことの思い出であった。下卑蔵は学生時代、学生ローンに手を出してしまい、にっちもさっちもいかなくなった。そこで腕に覚えのあった麻雀で一稼ぎしようと企むも、麻雀ゴロに捕まってより借金を増やしてしまう。そんなとき、当時は珍しかった外国人留学生のアルトーと恋に落ちて、逢瀬を重ねながら、一方ではアルトーの持っていた、Queen Elizabeth II Gold Sovereignを盗み、それを換金して借金を返してしまう。そのことを思い出すと胸が痛んだ。アルトーは、最後までそのことに気付かないフリをしていた。良心の呵責に耐えられなくなって、下卑蔵は行方をくらまして、違う街で仕事を探したのだ…。アルトーは最後の日まで、下卑蔵の眼を、その青い眼で見つめていた…。
(アルトー…!!!)
気が付くと、白夜のような空にあって、沼地が一面に広がっていた。下卑蔵の酔いは何時の間にか醒めていた。頭の芯が痛いので、一晩、眠りながら滑り台を滑り落ちていたのかも知れなかった。アルトーのことを考えながら、長く、深い眠りの中で、アルトーの夢を見ていたような気がした。まだアルトーの感触が、気配があるようだ。
「アルトー?」
だが、アルトーがいようはずがない。下卑蔵は、ふと、自分は地獄に堕ちたのだと思った。これまでの、まるで徳を積むことのない生活が、自分を生きながら地獄に堕とせしめたのだと思った。
「細川先生、金吾先生、俺は!!!」
当然、両先生はいるはずがない。下卑蔵は悲嘆に暮れて、さめざめと泣いた。泣きながら、沼地の奥へ奥へと歩いていった。このまま沼に飲まれてしまおうと思った。もう膝まで泥に埋まっている。このまま泥に埋まってしまおうと思った。こんなところに来てしまっては、文学者にはなれない。沼地に泥だらけの岩場があったので、そこに手をかけながら、少しずつ沈んでいこうと思った。
岩場には、女がいた。泥まみれの女である。女は、愛想がよく、下卑蔵に何処から来たのか、行くあてはあるのか、などとねぎらった。下卑蔵も情に流され、その泥だらけの女に、自分の素性を油断なく、流れるように話した。女は、
「そうかい。あたいは、赤ん坊のときから、今の今まで、泥の中で暮らしてきたんだ。あんたはいいじゃないか、大学へ行ったのだろう、あたしは、ずっと泥の中で…そうだよ…あんたが生まれる前からさ、ずっとここでさ。泥の中だよ。そりゃあ楽なもんじゃないよ。だけど嬉しい気持ちもあるさね。だって、何だって泥じゃないかい。あんたは大学で何を習った?あたいは泥に全て教わってきたよ…」
泥の中で暮らしてきたこと以外に、話題のない女だったが、本当に手詰まりになった下卑蔵は、ねぎらい言葉に求婚ひとつといった要領でもって、この女と所帯を持つことにした。泥が下卑蔵の心をほぐした。女と泥が、堕ちた下卑蔵を待っていた。
「あんたはここに来た…」
(俺は、ここでこの女と、暮らすのだ)
愛…終わりのない生活…そして、ここでの長い時間が過ぎたように思った…下卑蔵は、時間の感覚を失って、それは十年かも知れないし、三週間かも知れない…。
子供はできなかったが、下卑蔵と泥まみれの女は、仲よく沼地で暮らしているし、今では下卑蔵も泥だらけだ、文学なんてもう、どうだってよいのだ。泥と女さえ、あればよいのだ。それが下卑蔵の現実である。泥の中で、かいつまんで言えば惚れた女と暮らしていく、何の心配もない、泥まみれでふたり、沼の地平の果てを指さして、
「新しい泥だ…」
と、新しい開拓地を見つけて喜び合う、そうやって暮らしているのだから、世話もない、下卑蔵は、
(今のこの暮らしこそが、俺の文学だ…)
などと思ったりする。
さて…。
純文学の大家、細川妙斎と、下卑蔵の師匠、馬淵金吾は、蛇松線を下って興国寺通りに向かっていた。蛇松線は戦前からある鉄道で、漁港から、蛇のようにうねうねと曲がりながら、ゆっくり走る電車である。持ち物は下卑蔵の原稿と、彼が書き溜めた原稿の入った行李である。興国寺城通りに、細川が懇意にしている出版社がある。『月刊・文芸ロマネスク』も、この出版社から出す塩梅なのだ。
『月刊・文芸ロマネスク』の編集長は、ひどく肥えた男で、二人をソファーに座らせると、自分もどっしりとソファーにその身を埋めた。
「先生、その下卑蔵くんっていうのは、どこ行きはったんや?」
「それがなあ、どうも足を滑らせて、行方不明なんだね。昭和の来島、怪物現る、とんだ傑物だと思っていた矢先にね、いや残念だが、原稿は生きている、これをきみに預けるから、いいようにしてくれたまえ」
「さいですか、ほな、わてに任せておくんなはれ」
興国寺城通りは、北条早雲の持城であった興国寺城を望む城下町であり、蛇松線の終着駅でもある。日本最初のパーマネント発祥の街として知られ、美容院の学校が乱立しており、またクリーニングの工場が幾つも立ち並び、全国からクリーニングの衣類が集まるところでもある。細川と金吾は、定食屋で焼肉定食を食べ、一息ついた。
「金吾くん、下卑蔵くんは堕ちてしまったのであろうか。彼も随分迂闊だったな。あの引き戸ね、どうして開けてしまったのだろうね、もっと近くに新しいトイレがあるだろうに、わざわざ、奥の方のトイレなんかを使うもんだから」
「はい、先生、あのバーの引き戸の向こうに、あんな穴があるとは。突然穴が開いたようにも思いますね。僕が、あの引き戸を以前、開けたときは、土壁で塞がっておりましたけれども」
「金吾くんは、穴を塞いで、だいぶコンクリートも使ったようだが、きみもだいぶ今回、お金を使ったね。随分、よいコンクリを使ったそうじゃないか」
「ええ、大丈夫ですよ、それぐらいのことは。不渡りを出した資材屋が見つかったので、安く買い叩いたのです。ああいうのは、しっかり塞がないといけませんからね。コンクリをケチっていては。その後もおかしな評判も立っていないようで、何よりですよ」
「いやあ、疲れた。ゆっくりして、明日帰るか?」
「今夜帰りましょうか。先生、蛇松線がそろそろ来ますよ。東海道線直結で、三島着っていうのがありますから、すぐに新幹線で帰れますから」
定食屋の前を、金髪の女性が通り過ぎた。アルトーである。アルトーは、文化人類学者になっていた。既に所帯も持っている。アルトーは、興国寺城通りで行われる『かげのまい』というお祭りを研究しに、日本にやってきた。子供は、妹夫婦に預けて、一昨日から来日した。アルトーは、定食屋に入り、ビールと枝豆を頼んだ。もう稲刈りは終わったが、汗ばむ陽気で、アルトーは醤油樽フラワー・ゲート商科大学のタオルで、汗を拭った。
(…ふう)
『かげのまい』は、今夜行われる。既に大学を通じて、見学のアポイントはしっかりと取ってある。『かげのまい』つまり”Shadow Dance“、暗闇の田んぼの中を、灯りを決してつけずに、舞い踊る五穀豊穣の祭りだ。アルトーは、ロンドンの骨董市で日本の古いテラ銭を発見した。それが何百枚とまとまった出物があり、そのテラ銭は、この『かげのまい』を祭る社のものであることが判明したのであった。
テラ銭の出物の流通を調べたところ、それが出土したイギリスの片田舎でも、”Shadow Dance“に近い”Festival“が存在していた。記録を比較してみると、類似点の方が多いぐらいであった。あまりに偶然だが、伝奇めいたノンフィクションを書くように出版社から言われており、『かげのまい』をめぐる話を一発、書いてやろうと、日本に乗り込んできたアルトーであった。
アルトーは、祭りまでの間、社にて、のんびりと風情を楽しもうと思った。社は、田んぼが続く村々の奥の方にある。タクシーで向い、社に行くと、村人たちが、めいめい、古い着物を着て、陣取っていた。
「これは教授、よう来なすった」
「ああ、村長。これはお土産です」
「おお、すんませんのう」
アルトーは、謝礼の他に、イギリスのクッキーをお土産に用意してきた。村人たちも警戒することなく、和気あいあいとした雰囲気だ。時折、おどけて陰部を見せてくるのには閉口したが、そういう行動を取ることは事前に知っていた。
社の方を見ることにした。静かな林の木漏れ日の中に、その社はあった。鳥居があり、お稲荷さんが並び、社がある、こじんまりとした社である。アルトーは、石段に腰かけて、夜が更けるのを待つことにした。用意してきたサンドウィッチを食べながら、来るべき祭りを待つのである。村人たちは、はやくも宴会を始めているようだった。公会堂から歌声が聞こえてくる。馬鹿騒ぎの嬌声が聞こえる。村人たちの痴態をつぶさに観察するのも、本のネタになる。夕陽が見えてきてから、相手にしようかと思う。
(かげのまい…どんな祭りだろうか)
アルトーは、座ったまま眠ってしまい、夢を見た。目覚めたとき、空は赤く染まっていた。慌てて公会堂に駆け込むと、男も女も、裸になって踊っていた。
(これは…美しい)
淫靡な感じとてなく、ただ、素直に服を脱いで、ただ踊る。裸の狂言回しが、座布団に座って、ニコニコ笑っているので、アルトーはその横に座った。
「あんた、大学の先生だってね」
「そうです、アルトーといいます」
「いいときに来たね。もう、この衆の裸踊りが終わるところだよ。ほんだら、すぐに陽が落ちて、このあたりは真っ暗闇になる。ほんだら、ここらの使ってない田んぼに、水さ入れてドロドロのグチュグチュにしてあるところがあっからよ。そこでもって、泥まみれになって村の衆が踊る。そうだ、あたりの灯りは全部、消してあっからよ、本当に真っ暗なんだ。灯りはつけちゃいけねえよ」
アルトーは、クッキーを狂言回しにプレゼントした。狂言回しは、顔をクシャクシャにして笑って、
「ありがてえなあ」
と、アルトーを伏し拝むのであった。そして、
「今夜は、面白いもん、見れると思うよ。随分、田んぼが濡れてっから、水が自分から沸いているんだもん、神さんが出てくるんじゃにゃあ?あんた、随分探しておったろ」
と、アルトーに示唆した。狂言回しの言うように、あたりに闇の帳が降り始めて、村の衆は古い着物に着替えて、めいめい、ハチマキなんか巻いたり、神妙な顔つきして、『かげのまい』の準備に入った。狂言回しは何時の間にか、いなくなっていた。
「おう!おう!」
「ござっされ、ござっされ」
村の衆は、声を張りながら、公会堂を出て、田んぼに向かう。田んぼに入ると、それぞれが、勝手気ままに踊り狂う。ハッスルして踊る。公会堂の灯りが最後の灯りで、踊りが始まると、公会堂の灯りは消してしまう。あるのは、月や星の光だけだ。
「ぎゃーーーーっ」
「あひゃあ」
「あーーーいっ」
目が慣れてくると、泥の中でふざけている村の衆が見える。思ったよりも、気の抜けた祭りのように思えて、アルトーは苦笑しながら、ぽかあんと、闇と泥を見ていた。泥の中の村の衆に、よその村の者だろうか、男と女が加わった。既に泥だらけだったので、行きすがら、田んぼに転んだのだろう。この連れ合いの参加が起爆剤となった。村の奥手の女たちも、興が乗ってきて、田んぼに飛び込むように駆け入った。
アルトーの気持ちも高まり、そのまま、田んぼに入った。最初は躊躇していたが、村の衆と、泥遊びをするのは、とても楽しい。童心と、大人の気持ちが混じり合う。そのうち、村の女と男が、乳繰りあっているのをも見た。これもイギリスの祭りの記録と同じだ。アルトーも貞操観念が低いため、誰か適当な相手を探そうと、踊りながら、村の衆へと近づく。
村の衆は、よその村の者だと思っていた、男と女…。それは、下卑蔵と泥の女であった。村の時間で日没したとき、泥の女は、
「あんた。今夜は、あたいも子種を貰ってくるから、あんたも子種を誰かにあげてくるんだよ」
「何だ、藪から棒に…」
「あんた、これが泥の世界の道理ってもんだよ。こっちだよ」
「…待てよ、こっちか、こっちか」
泥の女は、下卑蔵を連れ出して、沼地の中の泉に飛び込んだ。そうして、この夜、この村の田んぼに、男と女が現れた。
かくして、下卑蔵とアルトーは、『かげのまい』でまぐわう機会を得たのである。月が雲に隠れて、本当に真っ暗闇になったとき、下卑蔵は、アルトーを見つけて駆け寄った。
「アルトー…」
アルトーの肩を抱いて、引き寄せた。アルトーも下卑蔵がわかった。
「下卑蔵、下卑蔵」
「俺は、来たよ…」
「下卑蔵」
泥の中、二人は、抱き合って、夢の中の出来事のようだった。いや、夢だったのかも知れぬ。紙幅は省くが、まあ、色々あった。枕伽は泥の中で始まり、泥の中に終わる。空が白々と明け始めた頃、村の衆は、何事もなかったように、泥を洗い流し、すっきりした顔つきで帰っていく。
(…下卑蔵は、神になったのだ)
アルトーだけが知っている、この夜の秘密だ。泥の神様と、自分は、まぐわってしまった。それはすぐにわかった。他の人とは、他の村の衆とは、全然違った。抱かれてわかった、下卑蔵は、この世のものではないと直感した。下卑蔵は、泥そのものだった。狂言回しはきっと巫女だったのだろう、自分と下卑蔵を引き合わせてくれたのだ。
もうすぐ、バスが来る。この村を出て、アルトーは元の生活に戻らなくてはいけない。自分は許される気がした。いや、アルトーは自分を許していた。アルトーは、心の底でずっと下卑蔵に夢中作左衛門なままだったのだ。それほどに、この祭りは美しかった。稲刈りが終わった後の、田んぼを眺めながら、アルトーは、水筒のぬるい紅茶を飲んで、
(また、来年も来よう)
と思ったのであった。まばらな乗客を乗せて、遠くの村道から、バスが来る。もう帰らなくてはいけない。もう帰るんだと、そういう気持ちに自分を躾けていかなくてはならない。公会堂の方で、年嵩の女と、若い女が、押し問答をしながら、
「あたい、生きているんだよオ」
「おうおう、おうおう、生きてるんだよねえ、おみっちゃん」
などと、結局は抱き合って涕泣して、ドラマだ、村のドラマだ、もう少し見たいが、嗚呼、もうこの村とはさよならだ、バスが停まる、醤油樽フラワー・ゲート商科大学のタオルで、鼻の下の汗を拭って、アルトーはバスに乗る。
この記事について
このページは、2018年8月5日の午後1時23分に最初に書かれました。
その後も、内容を更新したり、削除したりする場合があります。
古い記事は、内容が古くなっているか、間違っている場合があります。
その場合でも、訂正や修正をしない事もあります。
また、記事は、用語の厳密性に欠き、表記揺れも含みます。
厳密な調査に基づいた記事ではありません。これは筆者の主観です。
怪文章のようなものもありますので、回覧にはご注意下さい。
自分でも、「馬鹿が馬鹿言ってる」と思うような記事もございます。
SiteMap | ページ一覧 | サイトマップ