大学受験までの知識で
コメントする芸能人、
何とかならんか。
高校までの受験科目って
結局、カント的な二分法、
ニュートン的な古典物理の
世界観なんですよね。
有名な人が有名な問題に
ついてコメントする、
何をコメントするじゃなくて
誰がコメントするかが問題な訳だ。
何が、じゃなくて誰が。
これこそ、ワイドショーで討論すべき
メタ問題だと思うね。
「専門性のない芸能人が」コメントする、
という現象は、「専門性のない」という部分で
覆い隠されている、つまり
「何を言ったか」よりも「誰が言ったか」を
消費する時代…そここそが焦点だ。
だから、これを
「庶民」だとかにすげ替えしても、本質は同じで、
「庶民が言った」という事が大事であり、
「庶民を名乗る人が何を言ったか?」というのが
本来の主張の主眼であるべきなのだ。
だが、「誰が言ったか」というのが
時代である以上、
その意味を考えてゆきたいと思っている。
僕ら一般社会で暮らす人間、会社組織で生きる人間、
みな、
「誰が言ったか?」という事に振り回されて
生きているのだから。
この記事について
このページは、2018年12月27日の午後2時28分に最初に書かれました。
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