おそらく、発達障害の評価と支援まで含めて、
アセスメントと呼んだりするかと思う。
その、アセスメント系の本を読んだ限りでは、
これはちゃんとした実例集で表紙も黄色と赤の
ママのびっくり顔のイラストの載っているような本ではないよ、
発達障害とかADHDとか、パワーワードを中立的に
解釈すれば、そこまでの危惧を抱く必要も
ないかな、と思った。
ただ、DSMやICDの新しい基準にしても、
異論もあり、議論もある、というのは念頭に
入れておく必要はあるかと思った。
当然、現場でも、DSMやICDの限界というものを
了承した上でアセスメントを行っている…
と信じるしかないだろう。
特に重要なのが、教育現場での解釈のように
思う。教育現場は、まだ、それでも、ジレンマやトリレンマや
トレードオフの葛藤、自覚があるが、こと、医療という
分野においては、家父長的な考えから、
また、情報の非対称性という環境から、それが
薄いように思うからだ。
精神医療という分野が、拡張されている事については、
小さな権力から大きな権力まで、政治的に利用される懸念も
あるので、手放しで歓迎する…という人は、少なかろうと
思うのである。
かつての精神医療や、そのアセスメントが、決して今より
良かった訳ではないのだが…。ただ、だからこそ、
もう少し何とかならないのか、という歯がゆさはある。
この記事について
このページは、2019年7月21日の午前10時05分に最初に書かれました。
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