山崎貴は、ドラクエ5の映画において、
メタフィクションをしたい訳ではなかったのではないか
…と思っている。
僕は、この方の他の映画はほとんど見ていない…
というか、映画評しか見ていないのだが、
“非常に説明的な映画”という評を見て、
「ドラクエは現実ではなくて、
あくまでもゲームの世界ですよ」
というのを、説明したくなったのではないか…。
「説明したい!」という気持ちが先立つから、フィクション
としての世界観よりも、そちらが優先してしまったのだろう。
「三丁目の夕日」や「永遠のゼロ」の監督だから、
そもそも、ドラクエのようなファンタジーはあまり
好きではないのだろう、とも思う。
ドラクエという素材があって、それを、どういう世界観に
落とし込むのか?という「話」が、全く聞こえてこない
のである。やっぱり特攻とか昭和三十年代が好きな訳だ。
ドラえもんでそれをやらなかったのは、ドラえもんのブランドが
強いからで、ドラクエはまあ、正直、舐めてかかっている事は
否めない。任天堂がそうするように、ゲームの世界観というものを
スクウェア・エニックスは、しっかり考えて欲しい。
この監督の方は、ノスタルジアは好きであっても、
フィクションのファンタジーというのはあまり、
好きではなかったのだろう。監督の資質を見て、
監督を頼むべきであった。CGが得意だから頼んだ
のだろうが、日本で、そんなに3DCGのアニメ映画の
監督ができる人が、他にいないのだろうか?
邦画の世界とは何だろう、と考えさせられる。
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このページは、2019年8月17日の午後12時08分に最初に書かれました。
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