転売アレルギー

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SNSはTwitterしかやっていないのだが、ここのところ、転売アレルギー反応を示す動きがにわかに沸き立っている。PS5やガンプラの転売が話題になり、ごく最近では若者が同人誌を代理購入する商いに拒否反応が出た。いずれもオタクの商品に対してのアレルギーであって、オタク村=ギルドの商いは俺たちに挨拶してからやれよ、と言わんばかりであり、またギルド的閉鎖性の自覚もない、無自覚なままだ。
  
YouTubeで著作権を無視した動画はタダで見て、ウーバーイーツの薄利の労働は許容するのに、いざ新品を高値で転売しようとしたら躍起になって怒り出す。転売業者は潰れろ、潰せの大合唱。タダマンは涎を垂らして食いつくのに、いざマンコの値段が高くなったらギャーギャー騒ぐ、醜悪なオタクの群れであるからして、こういう連中がいると国が傾く、正に傾国の兆候であるからして、この事態を歓迎したい。
  
農家が農協に卸す以外に、直販で良い値段で販売したりすると、嫌がらせで農協が安く買い叩くなんて話がある。これは結局、組合=ギルドの問題である。オタクマーケットのギルドがあって、そこから逸脱している業者が批判されているのだ。批判というか制裁に近いものがある。DMMの社長が謝罪したのも、オタクマーケットの心証を悪くするのは良くないからであって、間違っているから謝罪したのではない。
  
一貫しているのは商人に対する蔑視である。もう少し言うと流通というものに対する蔑視である。蔑視は不勉強、無知から来る。このようにオタク界隈が不勉強である事は心強い事である。外資によって駆逐される日本の市場の美しい瓦礫が見えるからだ。そしてオタクマーケットが閉鎖的で狭量な、日本の保守的組織になりつつある事も嬉しくてたまらない。進取の気性を失う事が今の日本に必要な事だ。故に、もっともっと頑張って不勉強を貫いて頂きたい所存。
  
「消費税!はんたーい!!」
「転売!?ゆるせない!!!」
 
愚民はこうじゃなきゃ、いけないよ。やってくれる。簡単な罠に引っかかるものがいるからこそ、こちらは旨いメシが喰えるのである。無内容なニュースとは、こういう愚民のためにある。ますます知性を失う日本であるが、このままゆけばもっと知性のレベルが落ちるだろう。残酷なまでに、白痴に近しい政治家の公約を見るにつけ、馬鹿になれ、もっと馬鹿になれと祈念して筆を措く。


筆を措いて補足するスタイル…ちゃんと説明すると…
  
定価で買う努力が多大だからそのコストを利益として付加して転売する。一次市場に定価が存在しない、または供給が豊富であるか、代替商品が潤沢であれば転売市場は盛り上がらない。そもそも不人気商品は転売の対象にはならない。
  
それであっても「転売潰れろ」というのは、これは組合の発想です。
  
ジレンマはあって、市場は常に需給の一致する最適な価格で均衡しない。転売屋が儲けすぎている事もあれば、逆に転売屋が割を喰う場合もある。だからといって、法律などを整備して転売屋を取り締まった場合、それでもなお、価格は最適なところで均衡しない。介入しても無駄ならしない方が良いんだが、感情に流されて規制や法律ができるなんて昔からよくある事であって、このまま転売屋への憎悪が高まると、またぞろ、妙な法律ができるかも知れんが、そういう時、どうせ、「転売屋許せない、潰れろ」の人たちはダンマリを決め込むだろう。アベノミクスがあれほど嫌いな人たちが沢山居たのに、岸田首相がアベノミクスの終了を宣言しても誰も拍手しなかった。これは奇妙である。TPPはアメリカの陰謀だと騒いでいた人たちが、トランプ大統領がTPPから離脱しても誰も快哉を叫ばなかった。ここまでくると、奇妙を通り越して、彼らは真に白痴ではないかという恐怖がある。たまさか、本物の言論人を名乗る方々が、商いのためにキャンペーンで批判を繰り返す訳がなかろうから(それは天地開闢以来、天地無用となってもないだろう)、そうなると、作為ではなく、白痴である事が疑われる。
  
どうせまともに書いても誰の心が変わるでもなし、大いに皮肉を込めて書いてみた。日本が滅びるのが嬉しいと、嬉しいと誰も言わないので。亡国傾国を憂うというのはポーズの一種であり、嬉しいカタルシスの気持ちもきっとある筈だからである。こちらも嘘をなくしてモノを言わないといけない。
  
転売屋だって新品を買い付けて在庫をコストとして持っているので、別に楽な商いではない。よっぽど他人が血反吐を吐いて商いせねば気が済まぬのだろう。オタクの連中の経済観念、政治観念のなさには失望するが、この失望が嬉しさだ。この失望が楽しさだ。彼らが馬鹿であるからこそ、俺の描く稚拙な漫画等々にも、多少の読んでくれる人々がいるのである。アマビエなんかで浮かれているのは本当に馬鹿だと思うが、そうであるからこそ、新しい時代の商いがあり、新しい時代の表現がある。見通しは大変に暗いが、その暗さこそが嬉しいのである。


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