その年代、その時代の「話法」というものがある。
例えば、「太陽の季節」なんかの映画を観ると、
あの時代の、変なこまっしゃくれた、妙な早口みたいな
フレーズと話法というものを感じる事ができる。
現代のテレビにおいても、時代劇の話法、
刑事ものの話法、恋愛ものの話法…と色々とある。
「ゼロ年代の都心の大学の話法」というのも
あると思う。
僕は文系私立だから、「都心の文系私立の話法」で、
しかもゼロ年代だ。
こういうのは記録に残りにくい。
確かに、スマホで動画を撮ったりして残る事はあるが、
いや!SNS時代においても、人間は、カメラを意識している。
Youtuberはしっかりとカメラを意識している。
そうじゃない、カメラの前ではしゃぐんじゃない、
ありのままの話法。
その、ゼロ年代の話法の亡霊を、
八重洲のルノワールで見た。
日曜日だった。
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