ライナノーツ

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つまりだ、自分の作品の解説って奴だよ。長丁場の弁明をさせて貰おうと思っている!!!

命乞いにも似た、自画自賛のライナノーツ、もう緞帳は開きかけている、少しだけ時間をくれないか。
音楽、音源、音の振動、リズム、そう、僕のささやかな、世界への抵抗の狼煙、違う、そうじゃない、単に音を繋いでいく喜び、それとも、ただ、足を踏み鳴らすような原始的な喜び、それはそれで、楽しい事でもあり、物凄く、つまらない事でもある。
何も、求める訳でもなく、何ら、欲しがる訳でもなく。歌う事、弾く事、丁寧に?いや雑っぽに、今日も、歌わないし、弾かない。気紛れに、ただ、まんじりともせず。

乞食に「おめえ馬鹿か」と言われたって、堕ちている自分を優しく瀬踏みされて、寧ろ楽な気持ちになるだろう。
耳鳴りよりは、多少はマシな、そんな、音楽を作ってゆきたい。しかしだ、しかしだ、大したもんじゃない。それは自分でわかっている。だから、しっかりしたウェブサイトを誂えてみた。まるで七五三か、地方の成人式(注1)だ。カッコ悪い。

命だけは、取らないで欲しい。ただ、このウェブサイトは、音源、音楽を置いてあるだけだ。ジャンルは、自分でもよくわからない。アンビエントと呼ぶのか、コミックソングと呼ぶのか、どう呼ばれようとも、雨に濡れた野良犬のように、地面をジッと見ながら、明日は晴れるだろうと思うでもないし思わないでもない。

たった一つのアパートに帰れない時代、僕は、心の中で歌を歌っていた。いや、そんな思い出なんてありはしなかった。本当のところは、部屋に居たくなかっただけなんだ。
こうやって前口上を書きながら、多少、興味を持ってくれる事を期待している、卑しい打算がある。算盤勘定がある。願いましては、38円、89円、25円60銭也、越後屋、そちも悪よのう、山吹色のお菓子でございます、そして、僕は、ただ、何時の日か、去るのみだ。

詰まるところ、ただの悪ふざけで始めた事に、段々と、本気になってしまった。本質的にはそれだけなんだ。そう、繰り返しになるが、悪ふざけも悪ふざけ、それ以上の意味なんてないんだ。僕はこの結論を思い出して、膝を叩いたね、そうだ、それだけの事だったんだって。だから、最後に言わせて欲しいんだ。

ぬわんつって(注2)。

東京ハッスル団/100gallon
(注1)地方の成人式:ある種の、通俗的なイメージのそれだ。通俗的なイメージによる、他愛ない比喩だ。
(注2)ぬわんつって:なんちゃって、の80年代的変則的語法。江口寿史の「すすめ!!パイレーツ」で読んだ事がある(気がする)。今ではご本人も使っていないが、僕はとても気に入っている。蛇足ながら、ナーンチャッテ女は、楳図かずおの「まことちゃん」だ。


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