クレームは意見、は本当か

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企業なり政党なりに、クレームを入れる事は
有り得ない話ではない。日常的に生活を送っていく
中で、何かしらの主張という意味で、サービス提供側に
クレームを入れる事は誰しもあると思う。
 
しかし、本当に小さい組織ならいざ知らず、
一定規模の組織に対してクレームを入れたところで、
社会問題となるまでは、クレームはあくまで
クレーム対処の部門内で処理されるだろう。
 
あくまでガス抜きという訳だ。
それなら、こちらの情報を伝える必要などない。
好きでもないサービスに対して意見を教える必要など
あるだろうか?
 
もはや、企業も一定程度範囲内のクレームを欲しているのでは
ないかと思う。クレームを処理する部門にとって、全く
クレームが来ないのはそれはそれで問題な訳である。
だからこそ、直接クレームを伝えず、SNSで展開するユーザが
いる訳である。
 
炎上ブームであり、テレビの文化人、コメンテーターたちも、
クレームを欲しているようにも思う。クレームを必要としている。
クレームが餌であり、クレームがエネルギー源となっている。
こうして実務的な面に目をやると、クレームの社会的意義を
超えて、クレームを教えてやりたくない気持ちになる。
 
メインで使っているスマホがあって、そのスマホの回線を
別の会社にしようと思っている。それでナンバーポータビリティの
手続きを今週、しようと思っているのだが、おそらく、
何かしらクレームをくれよ!俺たちはお前のクレームを聞きたいん
だよ!というモードになると思われる。昨今の会社は、寧ろ、
クレームを先回りして聞こうとする。
 
僕は、ここで敢えて、クレームを教えないようにしようと思っている。
理由は言いたくないからだ。まず、僕のクレームというのは、
非常にセンシティブな、私的なものであって、その回線を変える
理由というのをあなた方に教える義務はない、ただ、回線を
変える意志だけはハッキリしている。次にどこの回線を使うかも
教える必要はない。あなた方の個人情報の取り扱い方が嫌だから
こそ、回線を変えるのであって、次にどこの回線を使うかを
教える義務はない。
 
とまあ…、クレームを言いたくない、という弁解?をしているうちに、
クレームになってしまうので、何か良い話法、論法がないかと
思っている。クレーム部門、サポートセンターというのを甘く
見る人もいるが、なかなかどうして、底が深い、奥が深いもので
あり、良いようにあしらわれている、まるで釈迦の掌の孫悟空だと
思わないでも、ないんだよ~。
 
サポートセンターは、話法、論法のプロであって、かなりこちらが
考えておかないと、話法でもって丸め込まれてしまう。ある種、
オレオレ詐欺の掛け子なんかには、サポセン上がりの人たちなんか
いるんじゃないかと思う。サポセンをリーマンショックでクビに
なって、掛け子なんかしている、つー人もいるんじゃないか。
 
サポセンなんかより、オレオレ詐欺の掛け子の方が稼げるから、
なんつって、勧誘の電話でも、巧言令色な人もいたりするから、
本当に、人を怒らせると怖いって事です。
 
巧言令色と言えば、「令和」って元号になりましたが、”令”を
“美しい”という意味合いで解釈するのは、漢文的な解釈のように
思うし、中国の古典との類似を記者に問われたら”比ぶべくもない”
って答えたんだよね。意味は、
 

三省堂 大辞林
三省堂三省堂
https://www.weblio.jp/
くらぶ べくも な・い 【比ぶべくもない】
( 連語 )
比べることもできないほど差が大きい。格段に違っている。比べ物にならない。

 
いや、引用した方が優れている、って、もうちょっと謙虚になろう、
本歌取りの精神は何処へいった?令月和やかにの
フレーズは万葉集オリジナルじゃないのに、
よう言えるな?
 
安倍首相よ、お前なあ、だから、
国書絶対主義の、万葉集研究家みたいな、ローカル人材に、
元号決めさせるなよって。
あれだけ準備期間取って、出てきた元号が”令和”?
お前、元号舐めてるだろ?
 
万葉集の頃はさ、中国の漢文古典が教養だったんだから、
引用が見つかったってしょうがないじゃないの。
情けなくなるね!恥じる事はないんだよ。
現代のポップスだってさ、”I love You”ってフレーズを使い回して
いるでしょ?それと同じだよ。
教養がないね~。
 
こういうのも、”日本会議”の影響か知らないけれども、
最近は神社の拍手に礼だのをテレビでやり方教えてたりして、
僕は絶対にやりません、神道は仏教的解釈で向き合っています
からね、必ず南無妙法蓮華経としか唱えません、手を合わせる
だけです、明治以降の純粋神道、国家神道は本当に嫌いです。
 
現実的に、保守勢力がある以上、元号廃止論というのは盛り上がらない
とは思います。でも、”令”の文字は、なかったんじゃないかと
思います。だって「大宝律令」の「令」ですからね、ミカドという
のを、必要以上に意識させる漢字は使うべきではなかったと思います。
 
「令」に美しい意味があったとしても、これまでの歴史の中で、
避けられてきた理由というものがある訳ですから。
例えば”帝”って文字は使わないでしょ?”令”は避けるべき
文字だと思うんですよね。それを、万葉集オタクの、日本会議系の
学者なんかに選ばせるから、こういう無教養な元号が決まる
事になる訳ですよ!!!!!


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