ドラッグと創作

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ピエール瀧の逮捕を受けて、少し「ドラッグと作家」について
調べていたら、ネットの中だけでも、ゾロゾロと出てきた。
 
ヒロポンが戦後の日本で売られていたのはよく知られている。
小林氏の「戦争論」では、精神力だけで特攻隊が出撃したというような
事が描かれているが、当時と現在では覚醒剤の意味合いが違う。
 
精神力…。現代の日本、現代の世界では、ネイティブな、
自然な精神力を賛美する傾向がある。
ドラッグがかつて許されていたのは、その影響力というのがよく
わかっていなかったからだ。現代では、煙草も酒も、甘いものも
統制されようとしている。
 
広義で言えば、煙草も酒もドラッグである。晩酌をしながら執筆活動をしても
逮捕されない。二日酔いの頭を頭痛薬で抑えて、仕事に出かける事は
倫理が低い事ともあまり見なされない。
 
煙草も、酒も、甘いものも、圧倒的な市場シェアと市民権を得ているから
こそ、世間的に、法的に許諾されている…というのはある。
煙草も、少しずつ、「違法」のゾーンに入ろうとしている。
 
パーフェクトな健康、パーフェクトな肉体、パーフェクトな精神、
傷のない身体と精神、こういう状態に、世界が向かっていこうとしているのは
感じる。あらゆるリスクを排除しようという考え方だ。
 
ドラッグの事件で一喜一憂するのも良いが、直接の当事者でない僕たちは、
この「リスク社会」を何とか生き延びる方法を考えなくてはいけない。
このリスクとは、法律であり、倫理であり、規制である。姦通罪が存在しないのに
不倫が糾弾されるのは倫理であり、規制だ。不敬罪がないのに、天皇を軽く見る事を
公言すれば糾弾されるのは倫理であり、規制だ。
 
倫理や規制が、僕たちを守っている部分もある。多産多死のかつての世界では、
リスクよりも合理性や快楽が重視されていたと思う。さて…今、ピエール瀧に関連する
あらゆる作品は一時的に退避されようとしている。それを思考停止などと罵るのは、
この「リスク社会」を理解していない。「リスク社会」がデフォルトで設定されている
ところを、僕らは平気で素通りしている。
 
僕の話になるが…。ずっと家で晩酌していなかったが、ここ最近、晩酌するようになった。
だが、家で深酒というのもどうかな…と今回の事で思うようになった。
やはり、美味い酒はあるのはわかるが、ここでまた引き締めて、
深酒(という程のものではないが)は止めようと思う。
 
煙草はよく吸うのだが…。少なくとも、表向きには、
社会からドラッグを追い出そうとしている。
かつてはドラッグは普通に流通していたのにだ。
それと同様に、酒、煙草、スイーツ、
最近では肉もそうだろう、こういうものを社会から少しずつ排除していって、
パーフェクトな身体と精神を目指す…。
 
そう考えると、「ホモ・デウス」の意味合いも見えてくると思う。
今、読み途中であるが…。


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