発達障害の先天性

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「よく発達した発達障害」の話
https://www.huffingtonpost.jp/toru-kumashiro/developmental-disability_b_12553582.html
 

そうやって、ちょっと前なら異なる病名をつけられていたであろう人々を発達障害と診断する状況になって、気づいたことがある。それは、「病院で発達障害と診断する基準に当てはまるような人が世間にはたくさん埋もれていて、そのなかには、うまくやっている人もかなり多い」ということだ。

 

そうやって社会のなかでサバイブしている人達に、わざわざ診断病名をあてがう意味はない(それは精神医療のフォーマルな窓口を訪れた時にだけ考えるべき事柄だ)。もし、発達障害とカテゴライズする必要が生じたとしても、その際には「よく発達した発達障害かどうか」という意味合いを無視してはいけないと思う。どういう診断基準に当てはまるのかも大切だが、個人それぞれが自分自身の性質と社会との折り合いをどこまで・どんな風に社会的に成長させてきたのかも、同じぐらい大切だと思う。よくよく注目していきたい。

 
「発達障害」というのは、精神医学において、その種の症状を呈する
人をサポートするのに適した「カテゴリー」である、というような意識が
あるように思う。
 
患者の視点からして、
精神医学において、分類していく事が有用であるのは、
「この苦しい症状が、実は一般的なもので、他の患者も
同様の苦しみがあるのだ」と気付く事。
自分だけが苦しんでいる訳ではない、という事は、力になるように
思う。
 
中安信夫によれば、統合失調症は「在り難さ」、アスペルガーは「為し難さ」
がその症状の本質である、という。発達障害の「人それぞれの特性」とは、
即ち、「人それぞれの為し難さ」のパターンである、という事ができる。
 
これまで、発達障害/アスペルガーは、統合失調症等に分類されて
きたが、これには「在り難さ」が症状として存在しない、つまり、
注察妄想と呼ばれる、「他人が自分を噂している、悪く言っている、
悪く考えている、こっちを見ている…」というものがアスペルガーには
ない。
 
「生きづらさ」という説明では、うつ病も、統合失調症も同様であるし、
何なら貧困生活をしている人も、苦労している人も、みな、
生きづらい。「為し難さ」というのが、一番、良い説明であると
思うのだが、どうだろう?せめて「やりづらさ」という言葉の方が、
この症状を表現しているのではないだろうか。
 
「生きづらさ」では、「在り難さ」も「為し難さ」も、双方含んで
しまう。カテゴリーに何でもぶちこんで、発達障害/アスペルガー
というものを、複雑で、不気味なものにすべきではない。
 
中井久夫、中安、臺弘まで読んで、ようやく、発達障害、アスペルガー
といったものの姿が見えてきたように思う。
また、特に精神医学に顕著なのは、あくまでこれは、精神医学として
判断した「カテゴリー」である、という点である。
臨床を重ねていった結果として、このカテゴリーの方が有用だから
そうしているだけ…というのが重要だ。
 
ただ、それは、精神医学の目をもってすれば、はっきりと、または
おぼろげに浮かび上がるカテゴリーとしての姿だ。
反精神医学主義によれば、精神病の患者など存在せず、
阻害する社会や組織や家族に原因があるらしい…であるが、
 
人間は完全に進化した訳でもなく、脳にはまだ不完全な部分が
残っているため、脳が狂う事自体が不思議な事ではない。
心房細動を調べていて、心臓の構造上、進化の上で、最近できた
器官というのは、弱点になったりするらしいのであるが、
脳においても、人間だけが進化の上で獲得した部分が、
異常があったり、エラーを起こしたとしても、何も不思議でない。
 
正気であっても、苦しい気持ちはある。
逆に、脳がエラーを出す事で、楽な気持ちになる事もある。
 
脳の発達というのも、人それぞれである筈であり、
「先天的に未発達」だの「先天的に異常」だのというのは、
あくまで統計的な話に過ぎず、顕著に器質的な欠損がある
訳でもない発達障害の脳を「先天的な」などと主張するのには、
僕は違和感がある。
 
反精神医学ではないが、社会の要請に応えられない者の行動や
思考を「症状」としている部分はある。
もし、この社会が、常に歌いながら、メロディに乗せて歌劇のように
コミュニケーションするのが常態の社会であったなら、「音痴」は
精神病か、若しくは落伍者として扱われたであろう。
そういう意味で、このカテゴリーというのは、あくまで
社会と個人との距離である…。


この記事について


このページは、2019年9月30日に最初に書かれました。
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