漫画家の風刺で話が少しこじれている。漫画家が最高権力者を風刺したら大衆は拍手喝采、といった構図が何故古くなってしまったのか?これは現在の状況も関係している。
「疫病VS人類」という大正義がまず、ある。これ自体は支持している人は多かろうが、そうでない人たちだっている。自分さえ罹患しなければ構わないという考え方だ。「疫病VS人類」というテーマ自体は支持しても、その名の元に何をやっても良いのか?と思う向きもあろう。
最高権力者。日本においては、首相が最高権力者となり、数ある権力のうちの一つだ。この最高権力者は、「疫病VS人類」という大正義を掲げているが、この大正義を全うしていないではないか?と批判する向きもあれば、いや良くやっている!という支持者もある。現代においては「疫病VS人類」という大正義の、国内においての執行者でもある。
風刺する漫画家。大商業作家であれば、これはひとつの権力だ。広く世間に膾炙する「風刺」を流通させるのは、パワーが必要だ。ゲリラ的に瓦版を発行する「風刺」と同様に考えてはいけない。それはちょっとズルい。大商業作家というのは、かつてない程に金を稼げるようになっている。欧州の大衆誌の風刺画にしたとしても、かなりの影響力を持ち、「弱きが強きを叩く」といった構図はもう古くなってしまった。
このように、複雑化している状況の中で、素朴な風刺というのは、簡単には受け入れられなくなっている。そうなると手法の問題である。大商業作家が、素朴な(=雑な)風刺をやって拍手喝采、というのを期待しているところから「違うな」と僕は思ってしまう。だからといって、逆張りをすれば受けるのか?と思えばそれは違い、その手のYouTuberもいるようだが、ごく一部の支持しか得られぬ。まず、「これだよ!」という風刺を出すのは非常に難しい。リベラルにはリベラルが受けて、保守層には保守が受ける、そういう単純な事実もあるし…。
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このページは、2020年4月5日の午前7時18分に最初に書かれました。
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