メールのやり取り

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メールのやり取りというのは、
コンピュータ処理ではない。
即レスを返し続けていけば、はやく処理が終わって、
万事メデタシという訳にはいかぬ。
 
それこそ、じっくり、一晩考えて返す事も
必要だし、それを自分でも行い、相手もそうして
いるのだろう、と思う心の余裕を持たねば
ならぬ。
 
合縁奇縁、何事も、水の流れるが如く、
近しき者は寄り、遠き者は去る。
 
さて…。「真田太平記」を読み終わって、終盤に、
真田伊豆守が執心する、京都の女がいる。
「お通」である。不思議な女性で、史実にも名前が
残っているが、かなり不思議な女性のようだ。
 
お通が、伊豆守の側室であった、という説もあれば、
単に庇護、やり取りしていただけ、という説もある
ようだ。伊豆守とお通の書簡も実際に残されているようだ。
 
三波春夫の浪曲にも「沼田城物語」がある。さて、
真田日本一の兵、げに、奇妙な物語、武田信玄公の
忘れ形見を、家康は、さほど悪しく思ってはいなかったのでは
ないか…と僕は思う。
 
信長、秀吉、家康、共通するのは、「名将であれば敵将で
あっても配下としたい」という気持ちである。特に、信長は、
味方に寝返っても、そのやり口が卑劣であれば嫌った、などとも
言われているし…。
 
名将に学ぶ…という訳ではないが、ひとつの人間ドラマとして、
史実とは別に、参考になる部分もあるかと存ずる。
史実あってこその「大河ドラマ」であるからして、史実には敬意を
払いつつも、割り切って、人間ドラマとして「名将の明暗」を
楽しむ、という気持ちが、心ある歴史ファンの目標となろう。


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