父のDV

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昨日の記事の続き。
 
その人…父のDVというのは、主に母に向けられ、
僕には何人かの姉がいるのだが、あとは姉に向けられた。
僕には決して手を出す事がなかった。
 
手を出す理由というのは、「仕事でミスした」「勉強しなかった」
この二点である。仕事でミスしたり、勉強が
できなかったりすると、制裁を受けるのだ、それがこの世の中
なのだ、という価値観が、擦り込まれてしまったかも知れない。
 
父は、営業マンを軽蔑し、技術職を尊敬して、ただフラフラと
生きている人間を侮蔑し、罵声を浴びせた。刻苦勉励、四当五落、
何が何でも勉強勉強、そんなフレーズばかりだった。
 
僕は決して、殴られる事はなかった。僕だけは殴られる事は
なかった。僕は、今後も殴られないように、良い子でいようと
思った。何度も、家族が叩かれたりするのを見てきた。XXは
見てはいけない、と言われて、悲鳴や泣き声や音で、それと
わかった。
 
中安信夫、中井久夫の本を読んで、自己診断するに、恐らく、
僕は中学生の頃ぐらいから、初期統合失調症の気配があるように
思う。非常に緊張する性質になってしまい、中学三年生の時の
合唱コンクールの写真があるのだが、僕は緊張しすぎて顔が
真っ赤になっている。
 
その頃は、対他緊張が、強く出ていた。僕は、思春期で人の目が
気になるからこんなに緊張するんだ、と当時は自己診断していた。
高校ぐらいから、自生思考と言われるものも、出始めたように
思う。考え事をする事が多くなったし、色々と、とりとめもなく
考えてしまう。
 
一番いけなかったのは、父親の言う事を真に受けて、睡眠時間を
削った事だ。睡眠時間を削っても、それに見合って活動する訳では
ない。考え事をしたり、こっそり漫画を読んだり、ゲームをしていた
だけだ。勉強するフリをするようになった。
 
受験生というものは、睡眠時間を削っていなければいけない、と
思っていた。高校の三年間、常に睡眠不足の状態だったので、これが
精神を削ったと思う。あの時、ちゃんと寝ていれば、対他緊張も
年齢を経るごとに自然に緩和され、初期統合失調症の気配も消えて
いったと思う。
 
注察妄想、もあって、これは20代頃までずっと続いた。今も実は
注察妄想は残っているし、時々、タイムスリップ現象と言われる
現象…僕は小説を書いたりするので、その設定を考えたりするのだが、
イメージが目の前に広がってしまう事がある。これは外出時に
意識レベルが下がって時々、発生する。ごく稀で、今では
年に数回ぐらいしかないと思う。
 
注察妄想…に関しては、本当に恨まれている場合、本当に悪口を
言われている場合もある(あった)のだが、それもひっくるめて、
他人が何を言っていようと、諦めるしかない、と思うように
はしている。
 
自生音楽もあるのだが、これは今でもあるが、心の中で
音楽を口ずさむ…というのは、誰しもやっている事だと思って
いたのだが、ちゃんとオケまで入れて、「脳内再生」する
事ができるのは、全ての人ではないようだ。
自生音楽に関しては、これ単体では初期統合失調症と診断に全く
値しない、という事を断っておく。
 
父のDVというものが、どれだけ影を落としているのか、僕には
わからない。だが、父が脳梗塞で倒れて、痴呆になってしまって
から、顕著に症状が回復していくのが自分でもわかったので、
恐らく、消去法的に、影響はしていたのだと思っている。
 
父のDVにしても、何らかのトラウマが影響している可能性は
ある。父は、小さい頃、背が低くてイジメられていたらしいのだが、
中学生になって大きくなって、腕力がついて、逆に復讐するように
なった、と言っていた。そう考えると、父のDVの元となった
体験は、幼少時のイジメだろうと思う。
 
父のDVも、単純労働者や営業マンに対する侮蔑の感情も、
恐らく、幼少時のイジメが原体験となっているように思う。
そして、そのトラウマを意識していない。トラウマって何だね、
虎と馬っておかしいね、などと言っていたのだが、
恐らく、無意識のレベルにその原体験はあったのだと思う。
 
父の病跡を考えていくに、時代性のある価値観というものが
あり、家父長制や男尊女卑の考え方もあるから、何とも難しい
部分がある。父親は殴っても良いし、寧ろ殴って教育
するべきだ、という文化コードがあった以上、それを病理と
するのは難しいように思う。文化コードを病理として
しまうと、中国共産党のウイグル・チベットでやっている
事を正当化する事になってしまう。
 
表面的に解釈すれば、
境界性人格障害だろうが、これはあくまで表面的な診断だ。
 
家族とはいえ、「どうしてあなたは、あんなに暴力を
振るうのか?」という質問をした事がなく、それについて
どう思っているかわからない限り、何とも診断を下す事は
できない。発言のテキストの残っていない家族の病跡を
診る事は難しいと思う。民主的に、「あなたのかつてやっていた
DVについて話し合おう」という機会は訪れなかった。
 
とは言え、父にも、徳の高い行動や考え方もあり、
正に賛否両論なんだけれども、人間というものは、
他人…いや家族が怒っているところを見て、「怒り方」というのを
学習してしまう。僕は、怒り方というのを学習してしまった
し、それを忘れる事はできない。
 
人の良いところだけ真似する事は、実は難しい。
そんな風に、都合良く人間はできていない。反面教師にしようと
思いつつも…という点はある。ただ、僕は、父以外に
手をあげた事はない。それが僕のルールだ。


この記事について


このページは、2019年9月13日に最初に書かれました。
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