お墓

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ある文化人が「墓なんて、どうせ数世代の前のもの
なんて残っていないから不要だ。無意味だ」という事を
主張されていた事があった。
 
その一方で、その文化人は、
「自分はこう見えても、生まれ変わりを信じて
いるんですよ」などとも述べていた。
 
で、あるとするなら、「自分は墓には入りません」
という主張をするのがスジである。日本社会には
墓はいらない、という主張をする事はない。
 
この文化人に限らず、自分が不要なものは社会にも不要、
自分が好きなものは社会も好きになるべき、という考え方を
する人がいる。もう少し冷静になれんかね?
 
芸能人のスキャンダル、企業のスキャンダル、
確かに、自分が憎むものは消えて欲しい、と願う人の
心もわかるし、僕だってそう思わない訳ではないけど、
 
社会はひとつ、世界はひとつ、それと自分がつながっている、
これは地域社会でも、家族でも、会社でも同様だと思うが、
1:nではなくてn:nという見方をした方が良いように
思う。世間のある事を、自分は全く知らないまま死んでいく
事もあるのだなあと、わからないという事もわからないまま
死んでいく事もあるのだなあ、と思うようにした方が
良いと思う。
 
言わぬが花、知らぬが花、という言葉もあろう。
 
逆に考えると、自分だけがわかって、他の人が全くわからない
という事も往々にしてあるのであり、ネットワークがどれだけ
発達しようとも、そういう事はあるし、あるべきだともいえる。
自分だけがわかっている事は、自分だけの宝だ、と思うように
した方がすっきりする。


この記事について


このページは、2019年9月3日に最初に書かれました。
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