短編小説「キングコング奇譚」
キングコングがいた。大都会から逃げ出した野人たちは、海のない県にいた。青い山脈の向こうに、梶原がいる。Nは、西野だった。手を振っている。涙の別れだった。老婆は震える手で彼らを指差し、天才じゃ、好きじゃ、と言った。Nが特に好きじゃ、とイニシヤルで言った。
老婆は、西野に、覆い被さった。犯し、犯されようとしたのである。西野はその天才性故に、それを為すが儘に受け入れた。情事はゆっくりと始まった。梶原は、途中で飽きてしまい、青い山脈を眺めながら、ゴムを熱してその上に寝転んだりした。其の内、日が暮れたが、長い長い情事である、終わらなかった。梶原の熱いゴムも冷めてしまった。西野の、鉄工場のような熱く長い情熱も、次第しだいに冷めてゆく。言い換えれば、梶原のゴムが冷める前は、燃え上がる交情であったのであるが。
そして、流れ星が一つ。梶原は、一粒の梅干を食べ、情事の真っ最中である西野と老婆にも、梅干を一つずつ差し出した。西野も老婆も、集中力が途切れてきたのか、それを受け取る余裕があった。其の内、流れ星が、この海のない県にも墜落した。UFOの類も、次々に着陸した。あたりは騒然となったが、梶原はその庶民性故に、西野はその天才性故に、全く動じなかった。
火の手が上がった。老婆は、益々、その情熱が燃え盛り、西野を求めた。西野は、それに応えた。梶原は、カイワレ大根を食べながら、西野と老婆の背中に、炎の赤が乱反射するのを見て、こう思った。
「美しい」
本当の野人とは、彼らの事であると、思った。そう思ったのは、老婆の夫である老爺であった。老爺は、事の一部始終を、木の上から見ていた。何とも思わなかったが、ただ、たった今、
「彼らは本当の野人である」
と思った。そしてそう思うと直ぐに、虚無の感情が老爺を支配した。長い長い情事の末、西野は、終ぞ果てる事もなく、肌を離した。そして、西野は、消えた。梶原は、老婆と老爺の養子縁組の手続きをするため、三人で、公証役場に向かった。
消えてしまった西野は、
「夢のようだ」
と思った。夢ではないが、夢のようだった。西野は、消えた。
(終)
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このページは、2015年9月5日の午後7時58分に最初に書かれました。
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