販売自粛

with コメントはまだありません

#Sponsored


販売自粛を控えるように署名をする事自体は意味があると
思う。恐らく、どれだけ署名が集まっても販売再開はない
だろうが、何れ刑が確定し、恐らく執行猶予が付くだろう
から、執行猶予明けの再開の感じに関わってくる。
 
音楽、映画、テレビ、ゲーム、本、色々と展開されている
ので、それぞれ違いはあるだろうが、コンテンツを売る側も
本当は売りたいという気持ちはあるので、まず、何度も
言うように執行猶予が明けないとどうしても難しい。
 
まず、第一義的に、商業ベースの作品なので売れるものは
売りたい。平均的ないち社員であっても、社長であっても、
そりゃ売りたい。特に光メディアなんて今は元々あまり
売れないし、配信だってしたい。別に日本人が事なかれ
主義だとか思考停止だとか失礼な言い方ではないか?
商人を甘くみていないか?
 
かつて麻薬をやっていた人の音楽や映画を流せるのは、
既に刑期が確定し、それが終了しているからだ。
また、古い時代に現在の法律を遡及させる訳にはいかない、
という法律上のフレームで一応対応している。
 
また、もう少し冷静になった方が良いかと思う。全ての
文化を愛する人、サブカルチャーを愛する人が電気グルーヴや
ピエール瀧を好きな訳でははない。ASKAが逮捕された時、
ここぞとばかりに文句を垂れ、皮肉り、茶化し、罵倒する人は
沢山居た。電気界隈というのは味方が多いから、といって
勘違いしてはいけない。
 
ファンにとっては受難の時だろう。僕もASKAが逮捕された時、
あの渦中でASKAやチャゲアスの音楽を聴く事が苦しかった
ものだ。テクノの手合いの人は、チャゲアスなんかの例と一緒に
されるのは嫌だろうが、僕はそうだった。坂本龍一も電気グルーヴも
80年代~90年代当時のチャゲアスの叙情性、「アジア!」みたいなものに
背を向けて売れた人たちだ。江口寿史なんかもそれに便乗したんだと
思う。坂本龍一の影響が凄いと思う。このあたりは。
しかし、何故チャゲアスが狙われたのか、本当に狙われていたのか、
チャゲアスファンの被害妄想じゃないか、と論点は残っている。
 
インターネットにおいては、どうも電気グルーヴが好きな人が
多いような感じがして、これまで、僕はあまり好きではない、
という事が表明しづらい部分があった。その意味では、僕も
便乗している訳であるが、どうもファンの熱というか、教祖化
されていて怖いな、と思っていた。そもそも本人が冗談めかして
いる人が教祖化すると、ちょっと手が付けられない部分がある。
小林よしのり氏なんかのファンもそうだと思う。
 
ここまで書いて、電気グルーヴがあまり好きではない理由が
見てきたのだが、お笑いのカリスマというのがちょっと苦手
である。面白いのは理解できるんだけど、何でも面白い面白い
みたいになるのが苦手で、かつて飯野賢治が松本人志のライブで
「お笑い菌が蔓延していて笑えなかった」と評したのだけれども、
電気界隈というのは、いわゆる客席がめっちゃ温まっている
感じで、「熱ッ!」という圧を感ずる。
僕はリクシルのCMがとても面白くて好きなんだけど、好きなんだけど
その上でそれを言っている。
 
お笑いの熱狂的ファンというのは怖い。ASKAが逮捕され、ピエール瀧が
逮捕され、もう根本的にドラッグというものに対する自分の認識を
変えなくてはいけない。当然、自分もやらないし、家族や仲間が
やっていたら止める必要があるが、どんなにバッド・イメージを
社会で醸造しても、ドラッグに美学と快楽を感じてハマる人々が
居るという事だ。
 
カリスマは堕ちた、それをまず認めるのが先決で、反射的に
販売自粛を批判するのはわかるが、怒りの矛先が「何で逮捕なんか
したんだ」という方向に向かっていないだろうか?
それはクラブ文化界隈、音楽文化界隈のドラッグに対する認識の甘さから
来ているのではないか?と僕は思う。
 
「無菌社会は危険」と今回の事件を総括した社会学者が居たが、
「危険」という言葉を使ってしまうと、いわゆる「危険社会」との
整合性はどうなのかな、と思った。むしろ、主題を「危険社会」に
した方が良いかと思う。そうでないと、無菌状態が危険の要素
になってしまうので。
 
どんな事があっても、あらゆる音楽、映画、コンテンツが、自由に
流通する社会…というのは確かに楽しいだろうが、個人の担当者の
「思考停止」や「事なかれ主義」でそうなっているのではなくて、
制作会社、スポンサー、制作委員会形式、契約、様々な関係者の
判断でそうなっているのが現状なので、個人のアーティストが
弱腰批判するのは、ちょっと裏方軽視かな、という気がしている。
ひとりでギター抱えてひとりで歌っている、みたいなイメージは
大人には通用しません。
 
最後に、
ワイドナショーの松ちゃんの発言、あの人の発言で面白いのは、
基本的な発言の基調というのは、全て「松本」の「遺書」の
引用のようなものだ。自分がかつてドラッグ使用を疑われたので
ドラッグに厳しいだけだ。その状況においての整合性より、
「松本」の「遺書」があの人の発言の基調だ。それにアドリブの
ギャグが入るだけだ。ガキの使いのフリートークのようなもので、
松ちゃんがニュース番組をやるのはどうかと思う。僕としては
ガキの使いのフリートークぐらいの重みでしか聴いていない。
でも世間はそうなっていないので、これは、どうしたら
良いんだろう。
 
芸能人が出るワイドショー、ニュース番組は、基本、
バラエティ番組の発言のように受容すべきだと思うんだけれども、
テレビ番組もバズるものだから、よりニュース化させている
部分はある。ニュースとバラエティがミックスするというのは、
どういった論点があるのか、今後考えていく。


この記事について


このページは、2019年3月18日に最初に書かれました。
その後も、内容を更新したり、削除したりする場合があります。
古い記事は、内容が古くなっているか、間違っている場合があります。
その場合でも、訂正や修正をしない事もあります。
また、記事は、用語の厳密性に欠き、表記揺れも含みます。
厳密な調査に基づいた記事ではありません。これは筆者の主観です。
怪文章のようなものもありますので、回覧にはご注意下さい。
自分でも、「馬鹿が馬鹿言ってる」と思うような記事もございます。


SiteMap | ページ一覧 | サイトマップ