日本国憲法の言葉はあまりにも簡潔で、
何とでも取れるように書かれているとも言える。
政教分離とは言うけれども、宗教と思想、思想と理念、
理念と主義、主義と哲学、これらを簡単に峻別するのは
難しいし、日本国憲法の政教分離は、政治に
無神性を強制するものなのだろうかとも思う。
憲法を語りながら、本当は何を語ろうとしているのか、
という事ばかり気になってしまう。憲法そのものも
民主主義という神話であるとも言えるし、
気難しい老人のようでもある。
気難しい老人…つまり、故人の残した遺書を巡って、
本当は何を言わんとしているのか、という事について
延々と議論しているような不毛さも感じてしまうが、
そもそも信教の自由を謳いながら、自治会に入るイコール
その地域の神社の氏子になるという暗黙のルール、
こちらこそ現実的にメンドークサイ憲法違反である。
だが、何でもかんでも憲法をタテにして反対する
訳にもいかないし、やはり情実というものがある。
情実の外から「それは憲法違反です」と言われても、
「ハア!?」としか答えられぬのが人情であろう。
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このページは、2019年5月2日の午後7時58分に最初に書かれました。
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