街おこし

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町おこし…街おこし…と言われているものが、
まず第一に、流動的な、回遊する人を増やし
(外出しろ、という事だろう)
 
見た目、賑わっている事を最初のゴールとする。
だから、街おこしの好きなものは
「イベント」である。
 
流動的な、回遊する人を増やして、
その後、マネタイズするというのが流れだ。
 
本質的に、街、町の機能というのは、
(1) そこで暮らし
(2) 生活の糧を得る
という事であるからして、
 
(1) 生活できる
(2) 仕事がある
 
というのが目的になるだろう。
 
あらゆる市町村が街おこし、町おこしをやっている。
仕事…というのは、行政が主導して賦活させたり、
補助金で創業をサポートできる…のではあるが、
 
それ以上に、本来のそれぞれの街のダイナミズムが
あり、ある種の仕事はある種の街に集中する…という
流れは、変えられぬ。
 
で…であるとするなら、現実的な目標、小さくても
実現可能な目標設定、というのが必要になってくる。
 
エイエイオーと、士気を高めるがためのイベントや
施策、というのが目に付くような気がするのである。
 
シャッター通り化も仕方ない部分があって、商面積が
広がり、面積当たりの売上は減少傾向にある。これは
大規模店、超大規模店が出てきた影響ではあるが、
そうすると、設備や建物の古いシャッター通りは
不利であって、
 
そもそも力のある店舗、商店、会社は、
行政等の援助をもって商売をする必要がないので、
そのあたりが空回りの原因になっているように思う。
 
だいたいが、それぞれが喰っていけるだけの商売を
全うしていけば良いだけの話で、売上が少ないから
街がどうこう、と、余計なお世話ではある。
街を賑やかすために仕事をしているのではなくて、
結果として街が賑わうのである。
 
コンビニが、これだけ日本中に配備されていくと、
生活インフラの機能としての商店街、というのも
怪しくなってきてしまう。コンビニであれ商店街であれ、
仕入れたものを配送して店舗に置かなくてはいけないので、
何かあって、配送網が死んだ場合、
コンビニも商店街も関係ないのである。
 
「街おこし」という、訳のわからない、ガンバリズムを
捨てたところから、本質的な、自然な、人間的な
「元気」というのが、発生していくのではないか…
と僕は思うのだが。
 
だから日本はダメなのだ、という事は全然なくて、
旧産業を保護する、という発想や施策は、どの国家にも
有り得る。


この記事について


このページは、2019年9月5日に最初に書かれました。
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