とは言いつつも

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石野卓球はかなり痛い。
 
パフォーマンス自体は構わないが、だんだん、
「世間」だの「お茶の間」だの「ワイドショー」だのを
争点にしてしまって、自分の毒気あるパフォーマンスを理解
されない事に苛立っているように思える。
ファンも同様だ。
 
ブラックユーモア、ブラックジョークなのだから、
世間が目を背けて当然であり、それを理解しない事に
逆切れしているように見える。
 
正に、今、石野卓球が体現しているような、
「俺たちの笑いをわからないのはバカ」といった閉鎖的な
感じが、僕は好きではなかったし、今も好きではない。
 
そして、このパフォーマンス自体が争点をズラしていて、
本質論から言えば、
クラブカルチャーとドラッグの関係というのが本当の争点だと
思う。ピエール瀧及び、近しい関係者まで逮捕されていて、
他は全部真っ白だと言われても、信用できるものではない。
 
直接的には、マスコミを挑発しているのだろう、世間もお茶の間も
マスコミが作り上げた偶像だ、という論理で動いているように思えるが、
世間が幻想であるなら、電気グルーヴという存在も幻想であって、
あらゆる幻想は共同幻想であるとするなら、正にプロレス、
茶番以外の何物でもなく、「これでこそ電気」であるとするなら、
僕はやっぱり、電気グルーヴは好きになれない。
 
カルトな笑いは嫌いではない、むしろ好きだが、
フィクションの枠組、舞台や映画、漫画、何らかのフレームの上で
動いているカルトな笑いは好きだ。これまでの卓球の言動は
あくまでフレームの上で動いていたように思うが、もうフレームは
外れている。外れているのに、壊れた工場機械がそれでも
動きをやめないで生産しているような怖さも感じるのである。
 
自己破壊的な衝動も感じる。これまでストッパーとなっていた
ピエール瀧が逮捕されてしまった今、誰も彼を止める事はできない
ように思うし、ますます教祖化、カルト化されていくようで、
僕は今後の事が不安である。サブカルチャーは基本、
電気グルーヴの批判はしない。充分にサブカルチャーの側は味方に
なっているのに、争点をマスコミだの世間だのに持っていく、
という事は、ますます教祖化、カルト化する道を選んだという
事だろう。
 
音楽自体がカルト化、教祖化している傾向は、アイドルを巡る
昨今の様々な事件、膨張するグッズ商法、どんどん増えていく
ライブでの「お約束事」…これらに見て取れる。
音楽は平和だ、中立だ、と言いつつも、僕には全然そういう
風には思えない。サブスクリプションで円盤の売上が減って
いく一方で、このようにカルト化、教祖化していくのは、
とても辛い気分になる。


この記事について


このページは、2019年4月19日に最初に書かれました。
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