定型発達とは?

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定型発達、非定型発達というのは、
他人と自分を、他人の子供と自分の子供を
比較するところから始まる。
 
いわゆる定型発達と定義されているのは、
平均や偏差による多数派の発達の度合いで
あって、
 
それぞれの人が、それぞれの成長が
ある筈なのにも関わらず、統計を用いた
疑似科学的な、もっと言えば優生学的な
「定型」「非定型」の考えが
跋扈している。
 
定型、非定型というのを定義し、
非定型の子には発達支援法の福祉を、
という考えには、ハンセン氏病患者の隔離にも
似たものを感じる。
 
アスペルガー博士の呪いだろうか。
「社会に順応せよ」という、社会からの強迫観念にも
似た要請が、発達障害というカテゴリーを生んだ
事は否めない。発達障害の診断を求めて病院を
ハシゴするような人は、むしろ、「社会に順応しなくては
ならない」と思う強迫観念があるように思う。
この観念を外す事ができるなら、発達障害のカテゴリーとしての
治療も意味があるようには思うが…。
 
マスメディアとSNSによって、他人と自分を
比べやすくなった事も一因かと思う。
かつて鳥取県にはスターバックスがなく、すなば珈琲と
いうのをしゃれで出店した、という話があったが、
これも定型・非定型というものを語る
異奏曲のようなものであろう。
 
古くて新しいテーマでもあるが、
あの人はアレを持っているけどあたしはアレを
持っていない…という例のやつである。
まるでRPGのように、多くの人はこのスキルを持って
いるけれどもあたしはこのスキルを持っていない…
あたしはこの感情を持っていない…、
 
こんな気持ちを煽るような施策が、どうして医療であり
福祉なのか、WHOに問うてみたくもある。
挫折をし、苦労をし、”生きづらさ”があるから
精神病に理由を求め、それは”脳”が原因である、
だなんて、まるでタチの悪いSFのように思うのだが。


この記事について


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