翔んで埼玉

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都内の大学に通っていた僕からすれば、
翔んで埼玉の世界なんて全くのフィクションだとしか
思えない。そこに社会的批評は存在しない。
 
まず埼玉県民は都内へのアクセスが容易であり、
それだけで都内で生活するプレゼンスは高く、
また、都内には多くの埼玉県出身者がいるため、
グループを作りやすく、仲間を作りやすい。
 
全然、可哀想でもないし、
馬鹿にされる訳でもないのに…。
むしろ、埼玉県民の変なプライドを傷つけると、
連中、仲間が多いもんだから、本当に気を付けないと
いけない。本当に彼らは、差別される側なのだろうか、
と僕は思う。
 
埼玉県民の「対都内」という対立軸は虚妄であり、
どの道自分たちは都内に属している人間だと思っている。
僕は、静岡県民という事で馬鹿にされ、静岡県民でないにしても
お前がお前である事を理由に馬鹿にされた。
埼玉出身のヤンキー派閥に、大学時代、相当、
イジメられて、僕は、本当に埼玉出身の人というものには
注意するようにしている。
こんな映画は、埼玉県民の「余裕ある自虐」だ。
この「余裕ある自虐」の構造こそが、埼玉のヤンキーの暴力の
原動力になっている。
 
僕の印象としては、埼玉県民は、すぐに同郷という事で
結束し、グループを作り、自分たちの敵や、下に見る存在を
探す、ハイエナのような連中である。そうじゃない人たちも
いるだろう。でも、そうじゃない人たちは、自分たちが埼玉出身で
あるという事は殊更に明かさない。
 
静岡県にしろ、埼玉県にしろ、どんなローカルの故郷にしろ、
ナショナリズムは危険でパトリオティズム=愛郷心は良い、と
一部で喧伝されているが、僕は、他愛のないナショナリズムよりも
強烈なパトリオティズムの方によっぽど恐怖を感じる。
ナショナリズムを否定しつつパトリオティズムを強調するのは
日本共産党にも見られる傾向だが、それが「危険」というのではなく、
排外的な態度に出られる場合があってそれが「怖い」。
 
ヤンキー、不良の定番の台詞、「お前、どこ中だ?」
彼らは、出身、出自に非常にこだわる。どれだけの映画か
知らないが、僕は、絶対にこんな映画観たくない。


この記事について


このページは、2019年3月23日に最初に書かれました。
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