悪夢

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「ホームレスのジジイのくせにエロい声で歌いすぎや!」

健坊は叫んだ。川が溢れている、いや、今にも溢れんとしている、その際にホームレスが居て、健坊は中州に取り残されていた。ホームレスは健坊を救出するでもなく、勝手に救助用の倉庫からゴムボートを出してきて、歌をうたいながら下流に流されていく。

健坊は中州からそれを見ていた。中州は、本来であれば、増水によって河底に沈む筈であったが、夜間飛行の飛行船が沢山の土嚢を落としていった為、それが防波堤となっていた。その土嚢を発見したのは健坊が最初であり、それらに気を取られている間に、上流で集中豪雨があり、突然河が増水したのである。

ホームレスのゴムボートは何故か、下流への流れに逆らって、その場に留まっていた。流れようとしても流れないのである。健坊は発作的にまた叫んだ。

「何だよ、大人の癖に助けないのかよ、やっぱり『乞食』だな」

健坊は、自分の口から、『乞食』という言葉が出た事にハッとした。呼気が荒くなっていく。健坊の呼気が。ホームレスは、その太い手で流れを手繰り寄せて、中州へとゴムボートを急に横付けした。健坊はびっくりして、今度は呼気が深くゆっくりになった。息を止めていたかも知れない。

「お前、乞食と云ったな」
「そうですとも!あなたこそ、僕を見くびっているんじゃないですか」

その頃、パーラーでは、健坊のママと、ホームレスの妻の弟が、密会していた。いわゆる不倫である。アイスコーヒーの氷は全て溶け、言葉もない。それは不倫の爛熟と終焉を示していた。マスターが、三日分のカレンダーを破り取って、灰皿を交換したり、ラジオのスイッチを入れたり、切ったりした。

喫茶店の外は摩天楼で、野生の猿が、ビジネスマンと一緒に疾走している。映画の撮影なのである。これをネット配信して、ロスアンゼルスに直ぐ帰りたい。

健坊も直ぐ帰りたい。健坊は隙を見てホームレスの腕の下を搔い潜り、ゴムボートに飛び乗った。飛び乗った勢いでゴムボートは其の儘流れていった。ホームレスは、エロい声で嘆きの歌を歌いながら、

「本番、本番なのかよ」

と朗々と、筋違いのツッコミをした。喫茶店のアイスコーヒーは、溶けた。逢瀬の二人は一滴も飲まず、煙草だけを吸ったようである。

これが、今年の皆既日食の間の出来事であった。


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