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掌作「海」

不安定な一人称の海の中を、私は潜水していった。夢でいつも見る潜水艦を叩いてみると、
中には亡妻が居た。亡妻は、静かに笑っているようにも見えるし、
亡骸のようにも思えた。

これは私の海なのだけれど、何となく、他人事のように思えてならなかった。
息が続かなくなり、
潜水艦と妻を残して、私はゆっくりと浮上した。
満月が見える。ボートも静かに揺れている。

そうこうしている内に、潜水艦も浮上した。思ったより、
小さな潜水艦だった。もう一度、潜水艦を覗いてみた。

妻は、居なかった。浪間に揺れて、潜水艦はきい、きいと
鳴いていた。私はしがみついた。エンジンが止まり、
大量の蒸気を、それは放出した。

そして私は、目覚めた。たっぷりと寝汗を
かいていた。

枕元には、妻が居た。亡妻だった。亡霊でもなく、何でもなく、
只、妻が居た。私は、妻に、海の話をした。

妻は、それをぼんやりと聞いて、ぼんやりと居なくなった。消えたのではなく、
席を外したようだった。

ふっと風が通り、柱時計が、ぴったりの時間を告げた。
畳のへりが膨らんだように見えた。

私の、一人称の海は、この世界の何処かにあるらしい。私の布団のある、
眠るための部屋の、柱時計が、それを教えて呉れたのである。

もう、昼近い。部屋から庭が見えるが、太陽の光が強い。
正午告げ、柱時計がまた眠る。

私の亡妻は、私の海の中に、居るのだろうか。
私はもう一度、眠る事にした。そこにはまた、海があるだろう。

(終)


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